てくまりんぼ誕生物語【第15話】前しか見ない

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勤める会社がなくなって1ヶ月ほどは、これからの事を色々考えていました。
でもひとつだけ最初から決めていた事は「もう会社勤めはやめよう」と思っていたと言う事です。

人の言いなりになるのはもうやめよう、自分の人生、これからは自分の本当にやりたい事だけをやろう。

そう思っているうちに、今回の事(会社の倒産)は私にとってチャンスなんじゃないかと考えるようになってきました。

そう、ピンチではなくチャンスです。

起業という言葉が頭の中で渦巻き始めました。

勤めていた会社が倒産したのが2000年の9月。もう人に使われるのはやめようと思って起業を決意したのは10月。てくまりんぼと言う名前を決めたのは11月です。

この時は、実はウェディングを仕事にするつもりは有りませんでした。
私は前の会社で婦人服のデザインと型紙を作る仕事もしていました。はい、営業もしていました。

何でもしていたって事です(^^)

起業しよう、私に何が出来るんだろうと自問自答の日々が1ヶ月ほど続きました。デザインは出来る。型紙も出来る。服を作るしか無いよね~。と何となくは考えていました。

考えても、考えても、考えても、「これだ!」と言うものは浮かびません。

怖ろしい事に(笑)私の夫も私より1年ほど前に勤め人をやめて独立していました。

起業1年目の夫もまだ色々模索していた時代でした。旅行会社を立ち上げていましたが、いきなりお客さんがわんさか来る訳も無く、まだまだ時間に余裕が有ったのだと思います。

話しているうちに一緒に何かを始めようと言う話になったのかも知れません。

多くは憶えていません(^^;)

夫はDTPの学校に行っていましたのでデザイン系のソフトは使えました。チラシとか、ポスターなどを請け負って作ろうと言う話になったのかも知れません。

私は昔勤めていた会社の先輩の紹介で、ある婦人服メーカーさんの型紙を作る仕事を外注で受けるようになりました。

夫の出来る事、私の出来る事をひっくるめてひとつの事業にしよう。とにかく名前が絶対に必要だと言う事で2人で家の2階の四畳半の部屋で考えました。

その頃、私達の子供は上の子が3歳。下の子が1歳でした。

こんな小さな子供が居るのに起業しようと思った私はアホです。間違いなくアホだと思います。

でも、アホも15年続くと本物です(笑)

ネーミングの話に戻ります。

どちらが言い出したのか、子供の名前を新ビジネスの名前に入れようと思い立ちました。

上の子の名前は【太陽(たいよう)】。。。うーん、これを会社名にするのは却下(笑)

下の子の名前は【真凛(まりん)】。。。これ、使えるやん!

まりん、まりん、まりん・・・・

ふと、夫が言いました。「てくてく歩くまりん、をもじって【てく・まりん】はどう?」

1歳の娘はちょうど、てくてく歩き始めた頃でした。可愛いかったですよ(^^;)

夫の提案に私は即答。「それ、いいやん。それにしよう!」・・・・簡単です。

考えるのに疲れて来ていて何でも良かったのかも知れません。ここで白状します。

どんな名前でも「それ、いいやん。それにしよう!」と言っていた自信があります。どこまでもいい加減な女です(笑)

『てく・まりん』と紙に書いてみました。うーん、悪くは無いけど何か足りない。。。。

考えるの、メンドクサイなあ。ときっと私は思っていたと思います。でも夫はちゃんと考えていました。

「じゃあ、最後に『ぼ』を付けて【てく・まりんぼ】はどう?何か可愛いやん」

それを聞いた私→「それいい!それにしよう!!」・・・・どこまでも適当な女です。

と言う事で【てく・まりんぼ】と言う名前に決定しました。

名前の前に何か枕詞が欲しいよね、と言う話になりました。

洋服の型紙を作ったり、チラシを作ったり、ポスターを作ったりします。

ひっくるめて『ビジュアル工房』と言う事にしました。

2000年11月。【ビジュアル工房 てく・まりんぼ】の誕生です。

テクノロジーのテク、テクニックのテクと言う意味も『てく・まりんぼ』と言う名前が決まってから追加でくっつけました。

『てく』には色々な意味が込められているのです。
(16話に続きます)